『リハビリ教育のネタ』:その24.―医療を考える―

テレビドラマの「白い巨塔」がリバイバルで大ヒットだそうな。一般の人にも、それだけリアリティが感じられるということなのか。さすれば、やはり医学会は旧態のままなのだ。医学会の頂点は医師会。奇しくも医師会を論評した本が、ほぼ同時に2冊出版されている。『誰も書かなかった日本医師会』(水野 肇 2003草思社 ¥1700)と『ドキュメント日本医師会』(水巻中正 2003中央公論新書 ¥2000)である。両書とも医師会のいまの混迷ぶりを書いているが、水野氏は殆んど甘口、水巻氏は幾分辛口である。しかし、どちらも残念ながら、医師会の今後の方向性を提言するまでの突っ込みはない。

医学についての考え方そのものは、『医学哲学はなぜ必要なのか』(石渡隆司 2000時空出版 ¥3400)にあるように、古来より変わっていない。しかしいまや、医療政策は大きく変化してきているし、国民の医療者に対する意識も一変した。よって、医療制度や医療法に関する出版物にも、緊急性が求められる時代である。『わが国の医療保険制度』(竹下昌三 2003大学教育出版 ¥2000)は制度が理解しやすい。『医療の法律学 ―第2版−』(植木 哲 2003有斐閣 ¥2900)は医療事故に関するページ数を多く取り、医師の医療過誤に対する意識について記述がある。『医事法セミナー(上・下)(前田和彦 2000医療科学社 各¥1250)は、やや古い本で幾分左寄りのところはあるが、医療過誤を考えるに参考になる。

卒業していく学生には、専門知識と技術はもちろん不可欠であるが、それだけでは医療界を渡り切れない。『ケータイを持ったサル』(正高信男 2003中公新書 ¥700)・『口のきき方』(梶原しげる 2003新潮新書 ¥680)などに書かれている現在の若者の特徴などもちょっと頭の片隅に自覚して、『元気が出る患者学』(柳田邦男 2003新潮新書 ¥720)にある接遇に気をつけて、そのうえで医療界の現況を思慮しながら、卒業後は臨床での診療に励んでもらいたい。

(茂野史利)

 

『リハビリ教育のネタ』:その25.―待ち焦がれた―

理学療法の両輪は、運動療法と物理療法。これを、あらためて云うこともないが、日本の現状は運動療法重視である。よって、物理療法の図書も少ないのだ。そのなかから、教科書に採用しようとすると、どれもいまいち。それが、ここにきてようやく教科書にしてもよいなと思える本が出版された。EBM物理療法』(眞野行生 訳 2003医歯薬出版 ¥14000)は、原理から手技まで書かれた、かなり理想に近い内容である。訳本のため、アメリカでは使用されていない極超短波療法などの記載が無いが、近々日本でも使用されなくなるだろうから、これはよしとすべし。人体への、物理的手段適用の生理学的原理は、『体を治す』(木村雄治 1998コロナ社 ¥1200)に簡略に書かれている。ついでに、同じシリーズの『体を測る』(木村雄治 1995コロナ社 ¥1200)には検査法の原理が載っている。

膝の靭帯損傷の診方は、より正確な方法が「雑誌:JBJS」で発表されてからかれこれ30年も経つのに、成書では旧来の手技が載っている。しかし、これもようやくであるが、『図解整形外科診察の進め方』(小野啓郎 訳 2000医学書院 ¥4000)やMusculoskeletal examinationGross JM 2002 Blackwell ¥7812)に、その理学的検査手技が引用掲載されている。やはり、学生には正しく教えねば。

「リハビリ教育のネタ:その21.」で人間の進化を話題にしたが、謎だらけである。その謎解きに、ちょっとヒントを与えてくれそうなのが『親指はなぜ太いのか』(島 泰三 2003中公新書 ¥880)の仮説だ。「エサは骨髄」に疑問は残るが、案外、本質を突いているかも知れぬ。

人類が進化して文化を持つと、「単位」が必要になる。「単位」は人が使うために考え出したものであるから、昔の世界中の「単位」は、もっとも身近なものである身体を基準にしたものが多い。かつて日本で使われていた単位も、身体を基準にしたものがほとんどである。しかし「メートル法」が施行されたのが昭和34年であるから、いまの若者世代は日本の「単位」の言葉すらご存知ない。どうも日本人は、変革があると、しばらくの期間は無理やりにでもそれを忘れようとするらしい。尺貫法復活とまではいかぬが、『ニッポンのサイズ』(石川英輔 2003淡交社 ¥1500)には、古来より使われてきた日本の「単位」が解説してあり、これが運動学を覚えるに意外に助けになるのだ。ちなみに、世界で通用する日本の単位は唯一「匁(もんめ)」で、「真珠」の大きさを表すのに使われている。

(茂野史利)