『リハビリ教育のネタ』:その26.―環境問題―
今秋には、物理療法の分野でも「EMC規制」が始まる。日本理学療法士協会でも http://wwwsoc.nii.ac.jp/jpta/emc1.htm で情報は提供されているのだが、話題の盛り上がりがないところをみると、臨床のPTではご存知ではない向きが多いのか、無関心なのか。特に影響があるのは物理療法で、極超短波(microwave)治療器がまず製造されないようになって、臨床での使用も急速に控えることが考えられる。アメリカでは極超短波治療器は既に使用されてそうだが、日本でもかつての超短波治療器のように急速にPT室では見られなくなりそうである。超短波治療器のときは、極超短波治療器が普及してきたことと、TVが普及し始めた時期でVHF放送への電波障害が懸念されて、日本では治療器の製造が途絶えてしまった。EMC規制に含まれる今回の問題は、携帯電話の電波が及ぼす影響などの環境問題の一つである。極超短波を用いて治療しているPTや治療を受けている患者に対する影響も考えられるが、それ以上に、近くにペースメーカー使用の患者が居ると困るのだ。電波出力が、携帯電話どころではないからだ。2450MHzの周波数はシャープが発明して普及した電子レンジと同じだが、電子レンジはシールドされた中で食品を加熱するから外部への電波の漏れは少なく、製造中止で国民がパニックになることはないのだ。しかし、極超短波治療器は電波照射の場(界)がオープンだから問題となるのだ。とはいうものの、電磁波がそれほどに人体に影響があるのか、他の医療機器の作動をほんとうに狂わせるのかは疑問だし、その前に、「電磁波とは」「電磁界とは」が理解できていないと、この問題を考えるのは難しい。この種の話題はニュースとして、市民運動や環境保護団体的意見をマスコミがセンセーショナルに取り上げるのだが、〈このシリーズ:その9 〉 にも書いたように、物理的因子の生体への作用は本当のところはよく分っていないのだ。『電磁界の環境影響』(三浦正悦 2004 東京電機大学出版局 ¥3360)は、電磁界あるいは電磁波とは何かがよく分り、人体への影響について文献考察されている。この著者のホームページ http://homepage3.nifty.com/~bemsj/ も、さらに参考になる。WHO国際電磁界プロジェクト http://www.niph.go.jp/soshiki/seikatsu/seiri/html/WHO/top.htm や、環境電磁工学研究会 http://www.ieice.org/cs/emcj/jpn/regular-j.html のページも、電磁界の問題を考えるときに一見されたい。「界」の解説は、『大人のための「数学・物理」再入門』(吉田武 2004幻冬舎 ¥1470)にもあるが、この本はむしろ物理学の講義に、話題のネタ本として使えそうだ。講義のネタ本といえば、話のテーマからはそれてしまうが、使えそうなのが、『漱石の疼痛、カントの激痛』(横田勝敏 2000講談社現代新書 ¥693)。「肩こり」という言葉は夏目漱石が作ったなどの紹介もあり、歴史的有名人のエピソードから、痛みについての解説をしてある。
(茂野史利)
『リハビリ教育のネタ』:その27.―ため口―
近ごろ「ため口」という語をよく聞くようになった。以前はそれほどに馴染みのない単語であったが、これもマスコミの影響か、それとも若者の言葉遣いの流行か。マスコミの発達で、言葉も流行して蔓延していくのも速いが、アナウンサーでさえ今ではレッキとしてした日本語として「ため口」と言っている。ため口は、もともと若者言葉で、「友達感覚で話しかける言葉遣い」を言うらしい。言葉の由来は諸説あるが、「ため」とは「同等」との意味で「同等の立場で用いる言葉」であり1980年代から若者の間から用いられるようになった、と http://ropu.net/tama/tame.html にある。たしかに、いまどきの学生、言い方をわきまえずに、というよりは、言い方を知らない者が多い。教員に話しかけてくるにも、確かに敬語を遣わず(遣えず)、話しかけられた方の気分によっては失礼な奴だと思ってしまうこともある。もう一つ、聴いて違和感を覚える言葉が「お疲れさま」。「お疲れさま」は仕事が終わって遣う言葉であるはずが、いまどきは、「いつでも」「どこでも」「誰にでも」である。別れのときはもちろんながら、出会いのときも、すれ違いざまでも「お疲れさま」、これ、最もよく使う挨拶語になってしまった。こんな遣いかたをする根源は、芸能界にあるらしいのだが、メディアが広めた。 http://www.kepco.co.jp/insight/content/break/break_top.html での見解が正しいかどうか分らないが、廊下ですれ違った学生に「お疲れさま」と挨拶されるたびに、何か変だと感じてしまうことは確か。『かなり気がかりな日本語』(野口恵子 2004集英社新書 ¥693)は、「ため口」についても書いてあり、若者言葉への突っ込みはかなり深い。言葉が乱れているのではなくて変化しているのだというのが、『はじめての言語学』(黒田龍之介 2004講談社現代新書 ¥756)。もっともである。時代によって言葉も変わるが、ちょっとアレンジされただけなのだ。書かれているように、いくら変化しても、各国言語それぞれに、生まれてからの言語構成には法則はある。『行儀よくしろ』(清水義範 2003ちくま新書 ¥714)では、若者言葉についても載せてあるが、現在社会では若者だけでなく大人にも目を向けるべきと書いてあり、「そのとおり」と思わず共感してしまう。若者についての分析が鋭く、「そうなのか」と納得させられるのが、『若者が《社会的弱者》に転落する』(宮本みち子 2002洋泉社新書 ¥756)。風潮だけをとらえた上滑りで(内容が)薄っぺら本が多いなか、いまの若者を理解するに、かなり納得できる部分が多いのだ。
(茂野史利)